7月23・24・25日の3日間、「年代を確定すべき事績」をテーマに合宿研究会を行いました。たいへん有益な研究会になりました。
今回の合宿で検討した具体的なテーマは次のとおりです。
(1)東園鹿子母講堂の建設年
(2)王園精舎の建設年
(3)ジーヴァカが「ブッダを上首とするサンガ」の侍医となった年
(4)成道後の釈尊が初めてヴェーサーリーに入られた年
(5)四波羅夷罪の制定年
(6)ヴェーランジャーでの雨安居年
(7)地方での五衆白四羯磨具足戒法が制定された年
(8)釈迦族の滅亡年
(9)プンナのスナーパランタへの布教年
(10)ニガンタ・ナータプッタの死亡年
この外に、
(11)釈尊がアンガ国を初めて訪問された年
(12)ヴァンギーサの生涯
(13)苦切羯磨などの制定年
(14)第1と称えられる比丘たちの出家年
を予定していましたが、これらは時間切れで検討できませんでした。
8月の末日には「DN.=長阿含、MN.=中阿含各経の説示年」をテーマにして、再び合宿研究会を行うことになっています。
いずれこれらの成果は「研究ノート」として公にしたいと考えています。
これらの作業は「釈尊および釈尊教団史年表」に事績を書き込み、これをもとにして「釈尊年齢にしたがって配列した原始仏教聖典目録」を編集するために行ったものです。もちろん今となっては史実としての「年表」を作ることは不可能です。そこでわれわれは、原始仏教聖典の編集者たちがイメージしていたであろう釈尊の生涯をもとにしての「年表」「原始仏教聖典目録」を作ることをめざしています。
以上のような細かな作業を行ってみると、原始仏教聖典の編集者たちが意外なほどきっちりとした釈尊の生涯イメージを持ち、意外なほど厳密に聖典を編集していたことに驚かされます。けっして支離滅裂であるとか、荒唐無稽ということはありません。彼らが釈尊の生涯の事績とその教えを、事実にもとづいてしっかりと伝えていたということでしょう。私たちはもっと原始仏教聖典を信頼すべきであると痛感しています。