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原始仏教 バラモン修行者 螺髻梵志 ジャティラ 林住者 遊行者 ダルマスートラ 法典 衣食住 生活 |
釈尊の成道直後の伝記を語る文献としては律蔵の「受戒犍度」が有名であるが、これを仏伝として読むことは危険である。なぜならここに記された記事のすべては、正規のサンガ入団手続である十衆白四羯磨具足戒法が制定されるに至る因縁譚として記されたものであって、いわば善来比丘具足戒や三帰依具足戒法によって入団した者も有効であるということを述べようとしたものにほかならないからである。すなわち、仏の成道や初転法輪、五比丘の帰依などが語られるのは、三宝帰依の「三宝」の成立と善来比丘具足戒のあり方を記したものであり、弟子たちを諸国に布教に出したことは三帰依具足戒の成立の因縁となったからであり、ビンビサーラ王の帰依や舎利弗目連の帰依などが記されるのは、十衆白四羯磨具足戒法がなぜ制定されなければならなかったという理由を記したものなのである。
このように「受戒犍度」の仏伝らしく見える記述は、実は十衆白四羯磨具足戒法の制定史であって、仏伝として記されたものではない。成道直後の釈尊の事績はこの他にもたくさんあったはずであるが、それらはすべて主題に係わらないから除外されているのである。仏伝として有名なNidānakathāは成道から釈尊がカピラヴァットゥに帰郷するまでをちょうど1年間とするのであるが、おそらくその間のさまざま事績が抜け落ちているために、短い時間のように感じられるからであろう。われわれはおそらくここまでに10年間は経過しているであろうと考えている。
このようにこれを仏伝として読むことははなはだ危険なのであるが、ところがこのなかの三迦葉に関する記述のみは異質であって、上述した「受戒犍度」編集の意図としてどのような意味を持つのかが明かでないし、また使われるページ数も異常に多い。そこで本論文は'jaṭila'とされる三迦葉がどのような宗教者であるかを調査することを通じて、彼らが「受戒犍度」に取り上げられる理由を探ってみようというところから出発した。ところが'jaṭila'を調査しているうちに、彼らはバラモン教(ヒンドゥー教)における4つの住期(āśrama)のうちの第3および第4の'vānaprastha''parivrājaka'、特に前者に相当することに思い至り、そこで「法典」を調査していくうちに、この両者、すなわち原始仏教聖典の'jaṭila'と、「法典」の'vānaprastha''parivrājaka'の生活や修行のあり方を明らかにすることは、釈尊時代の仏教の比丘・比丘尼の生活や修行をあぶり出すためにも非常に有効であろうと考えるに至った。そこで本論文は「受戒犍度」の中の三迦葉エピソードが記される意味を考える以上に、'jaṭila'と'vānaprastha''parivrājaka'に関する調査結果の報告が多くのページを占めることになった。
次の表は、仏教聖典に記された'jaṭila'のあり方を取りまとめたものである。「原始聖典」というのはおおよそパーリの五ニカーヤとVinaya、漢訳の四阿含経と『四分律』などの律蔵であって、「後期経典」というのはKN.に含まれるApadāna、Buddhavaṃsa、Cullaniddesa、Jātakaや『根本有部律』などである。
項 目 | 原始聖典 | 後期聖典 | 備考 | |
1 | バラモン階級 | ○ | ○ | 例外的に他の階級の者もいた |
2 | 出家 | ○ | ○ | 仏教的な出家ではない |
3 | 仙人 | △ | ○ | 原始聖典には少ない |
4 | 長髪の螺髻 | △ | ○ | 原始聖典では禿頭の者もあった |
5 | 髭・体毛・爪 | △ | ○ | 原始聖典では他の宗教者も含まれる |
6 | 鹿皮の大衣 | △ | ○ | 原始聖典では裸行・一衣の者もあった |
7 | 樹皮の上・下衣 | △ | ○ | 原始聖典では他の宗教者も含まれる |
8 | 不潔 | × | ○ | 仏教側からの悪口 |
9 | アーシュラマ | ○ | ○ | |
10 | 草庵 | × | ○ | 後期になって仏教との差ができた |
11 | 集団 | ○ | ○ | 仏教のサンガとは異なる |
12 | 木の根・果実 | ○ | ○ | |
13 | 節食・断食 | ○ | × | 後期聖典にないのは当然のことであるからであろう |
14 | 苦行 | ○ | ○ | 他の宗教者と共通する |
15 | 火を祀る供犠 | ○ | ○ | |
16 | 沐浴 | ○ | ○ | |
17 | 大規模な供犠 | ○ | ○ | |
18 | 蹲踞 | ○ | ○ | 後期聖典はJātaka-aṭṭhakathāのみ |
19 | 泥や灰 | ○ | ○ | |
20 | ヴェーダ・真言 | ○ | ○ | |
21 | 水瓶 | ○ | ○ | |
22 | 天秤棒 | △ | ○ | 原始聖典では他の宗教者と共通する。天秤棒とするのはJātaka-aṭṭhakathā |
23 | 杖 | ○ | ○ | 曲がった杖、イチジクの杖、三杖 |
24 | 宗教者の供養 | ○ | ○ | |
25 | 欲の肯定 | ○ | ○ | 仏教側の偏見 |
26 | 天文地理の知識 | ○ | ○ | |
27 | 牟尼・阿闍梨 | ○ | ○ |
また次の表はdharmasūtra, dharmaśāstraに記された四住期のあり方を、上の表の項目にしたがってまとめたものである。
そして本稿では上記のまとめとして、螺髻梵志(林住者)の生活と仏教の出家者との生活とを比較対照させてみたが、これは省略する。
このような調査を通じての、当初の課題であった三迦葉の記事が受戒犍度に記されていた理由に関する結論を言えば、バラモン教あるいは他の宗教で出家していた者も釈尊の弟子になる時には、改めて釈尊の教えにおいて具足戒を受けなければならないということを言わんとしたものであるということである。