[目次]
【1】情報の取扱水準について
【2】出自
【3】種族
【4】出家
【5】出家年齢
【6】侍者となる
【7】侍者としての阿難はどのような役割を果たしていたか
【8】阿難の重要な事績
【9】女性に優しい阿難
【10】阿難の他の比丘との関係
【11】阿羅漢果を得ていなかった阿難
【12】入滅

[論文の概要]
 本稿は、筆者が東洋大学に在職中の平成16年度の、筆者が指導するゼミのテーマであった「釈尊の侍者阿難はどのような人物であったか」の研究過程において筆者が提供した討議資料や、そこで出された学生諸君の意見なども取り入れ、筆者が年度末に原稿としてまとめて、東洋大学インド哲学科森ゼミ発行の『森ゼミ紀要 原始仏教研究』第13号(平成17年4月1日)に掲載したものである。したがってこの中には、ゼミ員諸君の意見が生のままに混じっているという不体裁があり、資料収集も完全でなく、また十分な検討が加えられていないなどさまざまな不備があり、そこで題目も「阿難伝試稿--まとめに代えて--」となった。
 本来はこういうものを公表すべきではないであろうが、しかしごく内輪とは言え『ゼミ紀要』としてすでに発行されていることでもあり、また現時点で結論の大枠において修正しなければならない点を見いだしているわけでもなく、そこでわれわれの「原始仏教聖典における釈尊伝の研究」において、この「試稿」を参考資料として使っているところもあるので、あえてインターネット上に公表することにしたわけである。
 内容は目次に尽くされているので、ご参照願いたい。